(6)舟下り《2月―銀色の休日》 ~2003年2月の記録∬第6話 舟下り 暗い緑色をしたダルヤン川の水面は鏡のように滑らかで、左右に高く生い茂る葦や山影を映し込んで、神秘的な趣を湛えていた。 ときおり水鳥が羽をばたつかせ水面を蹴立てて飛び立つ姿や、葦の茂みの脇で彫像のように身じろぎもしない白鷺の姿を見かける他は、私たち以外に人影も舟の影も見当たらず、ゆっくりとしたスピードで水面を滑る舟のエンジン音だけが響いていた。 イズトゥズ海岸へ向うには、途中で水門を通過する。 川はさらに激しく蛇行を繰り返し、やがて遠くに、白い波濤を見せて海岸に打ち付けるエーゲ海がかすかに見え始めた。 桟橋で舟を下りると、波と風の音しか聞こえない荒涼とした冬のイズトゥズ海岸で、私たちは短い時を過ごした。 この海岸は海水温がぬるむ5月から9月の間、ウミガメが産卵に訪れる海岸として世界的にも知られ、卵の孵る夜間は海岸周辺とダルヤン川の2000以上にものぼる水路への人と乗り物の立ち入りが禁止されているのだそうだ。 海岸を後にし、水門までは来た時と同じ道、その後幅の広い水路を遡ってダルヤンまで戻り、昼食を取ることにした。 川縁のあちこちにはフィッシュ・レストランが設けられているが、閑散期の今はどれも閉まっていた。 船長に案内してもらい、船着場の前に軒を並べている数軒のレストランのうちの一つに決めた。 (つづく) ジャンル別一覧
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